偏差値60の壁なんてない

中学受験のサポート歴20年以上の経験から、心構えや考え方を公開します。

併願校検討時には、どんな入試をどの層が受けるかも考える

併願校を考えるときに偏差値をベースに検討するのは基本ですが、倍率やどういう系統の入試形式かも踏まえて考えておくと、リスクを把握しやすくなります。今回は2023年度入試の倍率や結果偏差値を基に、このあたりの考え方を書いておきます。

 

偏差値と倍率の考え方

入試偏差値は、その入試の出題難度や学校の教育レベル、進学指導、施設、環境面などを数値化したものではありません。

結果偏差値は前年度の入試結果を元に「この入試は偏差値○の子が10人受けて8人、偏差値△の子が10人受けて5人合格した」、予想偏差値ならその年の出願希望者の持ち偏差値を加味して「すると思うよ〜」というものです。

つまり、「どのあたりの学力層の子がどの程度受けてどんな競争になったか・なると想定されるか」という人気度や競争率の予想くらいの感じですね。

また、1日午後や2日以降などは「安全校」や「滑り止め」といったイメージで選ばれる入試も多いですが、これらは決して「入りやすい」とか「安牌」な入試とは限りません。

当日の受験者の中で実力が圧倒的に上ならかなりの確率で合格しますが、併願校も「ギリギリ納得できる」「そこそこの偏差値」などで選んでしまえば、他の受験生との差もつきにくくなります。

差が少ない場合、同じ偏差値でも高倍率ほどリスクは上がるイメージは持っておくと良いでしょう。例えば4倍なら同じ教室で受験した40人のうち30人が落ちますし、10倍ならその日受験した100人の中に10人、自分より得点した子がいたらアウトです。

高倍率ということは、同じように「安全校」「ギリギリ納得」といったイメージで受ける子がたくさんいて、たくさん落ちる入試ということですから、そこを取れる前提で計画するのは相応のリスクが伴います。

 

2023年度入試の倍率

こちらは10倍を超える入試の一覧です。このあたりを志望する場合は厳しさを十分認識し、偏差値的に十分な余裕を持って受験するか、なるべく早い段階で他の進学先を確保する作戦を練ることも大事ですね。

集計データの閲覧はPDFでどうぞ。

①入試別一覧_倍率順

①入試集計_東京

①入試集計_東京合計数内訳

 

学校ごとの倍率と入試回の設定

こちらは東京の各校の全受験者数と合格者数、募集定員に対する比率を設定入試回数ごとに分けたもので、4倍超は黄色、5倍超は薄赤、6倍超は濃赤で着色しています。

まずは1,2日の1回入試校。大学附属でも人気の高い青山学院は倍率が4.3倍、御三家併願の多い白百合は定員比2.1倍の合格者を出しています。1日校は第一志望が多いので、定員比1.2倍程度が多いですが、筑駒聖光と天秤にかかる開成は、最難関ながら1.4倍の合格者を出していますね。

 

3日の1回入試校は、高倍率で知られる国公立と慶應ですね。合格数が定員ぴったりのところも多く、実質倍率は4〜5倍も普通です。

 

こちらは2回入試校。平均倍率は3倍超、定員比では1.5倍程度の合格を出していて、最高でも桐朋の2倍ですから、それほど辞退者は多くありません。第一志望も多く、第二志望でもより高偏差値の生徒を確保できるので、受験生集めにそれほど苦労していません。

 

こちらは3回入試校。平均倍率は3倍超ですが、定員比で本郷は2.6倍、渋渋で2.4倍、豊島岡が2.2倍と、トップクラスの人気校でも多めの合格を出すところが増えてきます。それだけ最上位層の併願辞退者が多いということですね。

 

4・5回入試校になると、平均でも定員比2倍を超えます。近年共学化した学校も増え、生徒集めに何かを変えてきた学校が多いグループです。

 

6・7回入試校になると、改称+共学化など、はっきりと生徒集めに力を入れている学校が増えます。定員割れ、偏差値表にも載らない、といった状況から抜け出すために努力してきた学校も多いグループですね。

 

最後は8回以上の入試を設定している学校です。平均倍率は3倍近く、定員比でも平均2.4倍の合格を出していますから、合格を出しても5人に3人が辞退するペースですね。

各校の出願者数と合格者数や集計データを閲覧したい方はPDFでどうぞ。

②学校別出願倍率集計

 

生き残り手段としての改称と共学化

2,000名前後の受験者を集めても、募集枠が大きい本郷(280)や豊島岡・東京都市大(240)などは、それほど無理な合格を出さずに3〜4倍に収まります。

これに対し、芝国際や広尾小石川の一般入試枠は85名で、ただでさえ小さな枠を更に細切れにするので、非常に高倍率な入試も出てきます。惹かれたらチャレンジするのは良いですが、安全校としてはリスクが高いと言えますね。

塾への営業+魅力的なプレゼンで集客し、5〜10人などの極端に小さな枠にする組み合わせには、「持ち偏差値の高い子を落とす」機会を学校側が得る面があります。例えば5人枠のところに偏差値55の子が10人受けてくれれば、5人落として「偏差値55で合格率50%」という結果を作り出すことができますね。

こちらは入試の種別回数、全入試の受験数と合格数の合計から出した学校全体での倍率、生き残り策の実施状況を一覧にしたもので、改称は1990年以降を対象にしています。

 

高倍率の上位を、共学化+改称といった施策をとった学校が占めているのがわかりますね。全体の一覧はPDFでどうぞ。

③学校別倍率と共学化等

 

中学偏差値と大学合格実績は強い相関があり、首都圏模試40〜50くらいの一般的な学力の生徒が、東京一工や海外名門大に進学できることは稀です。優秀な生徒が集まれば数字も出るし、集まらなければ出ないのは塾の合格実績も同じで、「どんな指導か」より「どんな子たちが集まるか」の方が、影響は大きいです。

現実に「偏差値が高い」「大学合格実績が良い」ということが学校の「教育の質」を示すように思われるし、どんな教育をしようが、低いゾーンになってしまえば、説明会はスカスカ、合同説明会に出ても閑古鳥、ホームページも観にこない。

どんな教育か、どんな教員か、どんな先輩か、伝わりようもありませんから、少子化で潰れるのを待つか、人気大学の系列に入るか、看板掛け替え+極小枠で偏差値を釣り上げるか、ほぼ三択です。

 

改称+共学化の威力

首都圏模試で偏差値50以下の入試は四谷や日能研の偏差値表に載らないケースが増え、45未満はほとんど載りません。55以上の入試は9割以上が載っていますが、50〜54だと66%で約3分の1が見えなくなり、45〜49では44%で半数以上、44以下では17%ですから5分の4以上が消えることになります。

偏差値表に載らなければ受験生や保護者は存在にも気づきにくく、検討候補にもなりませんから、最低でも45〜50まで上ってくることは死活問題で、そのための手段が改称+共学化とも言えます。

偏差値が上がれば、偏差値表でいつも目に入る位置に学校名が出ている。これだけでも広告効果は抜群で、偏差値表で上の方にある=「良い学校」というイメージになります。逆に、偏差値表の下の方や載っていなければ「イマイチな学校」と思われたりもする。

看板を掛け替え、塾にも営業をかけ、魅力的なプレゼンをして、募集枠を絞る。同じ教員に同じ校舎でも、全く違う層が受けにきます。卒業生は母校の校名が変わることを歓迎しないことが多いですが、それでも変えるだけの魅力があるわけですね。

こちらのGIFは改称+共学化の威力がわかりやすいように、2007年以降の首都圏模試の主な共学化校の結果偏差値平均の推移をグラフ化したものです。※芝国際は四谷結果偏差値+9

主な共学化校の結果偏差値の推移

何をしても“見えない”45以下のゾーンから出られなかった学校が、“見える”45ラインを超え、“はっきり見える”55以上に届く学校も多いですね。

2023年と共学化直前または2007年の結果偏差値の比較

各入試の結果偏差値の推移はこちらのPDFを閲覧してください。
④結果偏差値の推移_首都圏模試_改称+共学

 

共学募集開始後の1日午前入試の偏差値で見ると、広尾学園(2007)とかえつ有明(2006)は40前後、開智日本橋と三田国際(2015)は50前後、広尾小石川(2021)と芝国際(2023)は60前後からのスタートです。共学推しの風潮や、先行する渋渋や広尾の大学合格実績なども影響して、勢いがつきやすくなっていますね。

中学受験の基本は同じような学力と経済的背景を持つ集団に入って快適に過ごすことですから、同じものに惹かれる層と同じ学校に入ることには意味があります。大学合格実績などが全てではありませんし、校風などと言っても外からわかるものは僅かなので、魅力的な教育方針やプレゼンに惹かれるところを選ぶのもアリですね。

ただ、改称+共学化に極小枠入試を揃えているような学校は、生き残り戦略に基づいて行動していることはイメージしておく方が良いでしょう。

 

どういった層が受けるかを考える

今年話題になった芝国際の対応には残念な点があり、本科全体での倍率も13.9倍と非常に高くなりましたが、国際枠で合格0や100倍超があったことなどで煽り、受験生がかわいそう、ビジネス本位の経営、などと叩いてビューを稼ぐのは外野がやれば良いこと。

受験生の保護者としては我が子の入試を無事乗り切ることが大事ですから、特に改称+共学化+国際化+極小枠といった典型的な入試には過熱に近い面もあることに、ある程度の警戒心は持った方が良いですね。

こちらは、改称+共学化+国際化に取り組んでいる各校の入試倍率の一覧です。

他の改称共学化校と比較しても、本科Ⅰ類は異常な倍率ではなく、帰国が多い国際生も11〜1月の入試で決めるのが大半です。特徴的なのは、選抜基準がより厳しく枠も小さいⅡ類(募集25+若干名)に、Ⅰ類の約3倍の受験者(1638名)が殺到したことで、Ⅱ類だけの倍率は35.6倍になっていますね。

 

次の表は改称+共学化校の全受験者数と合格者数、定員比の一覧です。

もし「たくさん合格を出す」という表現に見合うように、他の改称+共学化校と比較して最も高い募集数の3倍に設定しても、合格数は255で実質8.7倍、全学校中の最高倍率のまま。追加の合格数96名を按分しても、Ⅱ類は22倍に下がる程度でハイリスクなのは変わりません。

実際にどの程度集まるかは蓋を開けてみないとわかりませんが、広報や入試分割の手法からすれば、受験者層は広尾小石川や三田国際、開智日本橋などと競合するわけですから、塾関係者や家庭教師なら上はYN55・首都模試で60台に乗ることは想定できるでしょう。

私の知る範囲では、サピでもグノでも四谷でも、ハイリスクで読みにくく、広尾小石川や開智日本橋くらいになる可能性があることの説明を受けています。いきなり渋渋や広尾を上回れば想定外なのもわかりますが、今回の本科Ⅰ類の結果偏差値YN52〜57は普通に考えられる範囲ですね。

 

同様の想定は、今年の倍率2番手の日本学園でも考えられます。まだ男子校ですが、2026年から明治大学付属世田谷に改称+共学化+大学系列化、2029年度からの推薦入学受け入れが決まったことで多くの受験生を集めました。

今年の首都圏模試結果偏差値は昨年+20の60ですが、これはまだ控えめ。名前だけの連携ではなく推薦枠目標も7割、最寄駅は明大前という好立地から考えても、いずれ明大明治明大中野と同じ帯の首都模試70前後、YN60〜63までは上昇していくのが自然な流れです。今年の結果を見て「これなら届きそう!」なんて考えだけに支配されるのはリスクが高いと言えます。

特に5倍を超えるような入試には十分な警戒心を持ち、より安定した受験者層が見込める入試での合格確保を優先、その上で惹かれるならチャレンジしてみる、くらいがちょうど良いですね。